鶏口となるも牛後となるなかれ

高校受験の時母が私に行ってくれた言葉です。
鶏口牛後。大勢の中のケツでいるよりも、少人数でもトップでいることのが良くない?
つまり、偏差値が高いところを狙う事ってそんなに大事?
って感じやったと思います。
今考えると、必死で入れた高校は
入った後も必死に勉強しないとついていきません。
ちょっと余裕をもって入った高校は、
入った後も余裕やったのでしょうね。
当時は、修学旅行が当時行ってみたい国の高校を選びました。
(それだけが理由だったので制服はダサかったし、偏差値もちょっと自分の実力よりも高めやったし、家からも遠かった。今考えたらなんで?)
背伸びして入れた高校は、
案の定、入った後は勉強し続けることが必要でした。
今思えば、
みんなと一緒に思い出を作るのが美しいので、
修学旅行なんてどこでも楽しかったんやないかと思いますが。
3年間のたった一週間のための修学旅行のために高校を選んでしまいました。
今となってはそれはそれで私らしいかなって笑いのネタにしております。

なんでこれを思いだしたかといいますと、
社会人になるとSeniority(年功序列?)ってあるじゃないですか。
新人の時ってやっぱり学ぶこともいっぱいし、
牛後的な立場だと思ってて。
聞くことに抵抗がないというか、なんでも聞いて吸収することに集中します。
ただ、新人が入ってくると、
あぁ、私も新人のころこんなこともわからんかったっけ。知らんかったっけ。
ってなりせん?
ジェネレーションやら文化もあるでしょうが、
先輩が転職することもあったりして、
自分がどんどん古株になっていくと、
頼りにされる事が増えてるけど、
知らないままだったことがあったのに気づいたり。
聞いてくれる新人に感謝したり。

案の定オチが見えなくなりつつあるので方向転換します。
今の職場には、博士号持ってる人がいたり、
説明が上手な人がいたり、
色んな所で尊敬する人だらけです。
話すとあほがバレるかもしれんってドキドキしてたりしてましたが、
みんな気さくで、同じ質問する状況、例えば
これ前も聞いたと思うけど、この対応方法あんまりせんからどうやったか忘れちゃいました。
また聞いてもいいかしら?
っていうと、
そんなン全然よかよーって本当に気さくに対応してくれる人達だらけで。
それもまた尊敬。尊敬が重なる次第であります。

恋愛攻略本とかに、
理想の相手がいそうなところに自分も行くとか
環境、形から入るのも大事って聞いたことありませんか。
自分がいる環境やら友達が自分のレフレクション(反映)やってどこかで聞いた気もするし。

私が大事かなと思って意識してること。
実ほど頭を垂れる稲穂かな(つまり謙虚)
感謝を忘れない(中学校か高校の体育の先生がいつも熱く語ってたこと今も忘れてません)
人に優しく(思いやり。ブルーハーツの心に刺さる音楽は好きです)

私はまだまだ牛後の立場かもしれませんが、
自分が学べることがたくさんある環境はありがたいと思えるようになりました。
鶏口の立場でも、同じことが言えたのでしょうか?
ただの負け惜しみでしょうか。
やっぱり起承転結の結が上手く行きませんね。
たぶん、
私が大事と思っていることが反映された環境に今います。
鶏口でも牛後でもない。
どこでも私は幸せもんやって思えるようになりました。
皇后(元でしょうか?)美智子様は、
”幸せな子をそだてるのではなく、
どんな境遇におかれても幸せになれる子を育てたい。”
とおっしゃったそうな。
一理あるよね。
幸せなんて人それぞれ。
幸せになれる方法を知ってなんぼや。
なので、私はどこにいても幸せになれる人やと思います。
なんてね。


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